働く人のうつ
日本ではいわゆるバブル崩壊に始まり、現在に至るまでの「失われた20年」の間に大きな変化が認められています。経済の失速に伴い、リストラが行われ、正社員の減少、非正規社員の増加、女性労働者の増加、サービス業の増加、製造業の減少、IT化などにより、仕事の質の変化、仕事量の増加、雇用の安定への不安などが目立っています。実に5割から6割の事業所で、メンタルヘルスに問題を抱えている正社員がいると考えられています。
厚生労働省が2007年に行った調査によれば、労働者の58%が「強い不安、悩み、ストレスがある」と回答しています。その内容としては、「職場の人間関係の問題」という回答が38.4%と最も多く、「仕事の質の問題」(34.8%)、「仕事の量の問題」(30.6%)、「会社の将来性の問題」(22.7%)、「仕事への適性の問題」(22.5%)と続いています。(厚生労働省:労働調査・精神的ストレス等の状況.2008)
これらのことからも働く世代のうつ病、抑うつ状態はとても重要な問題です。
20代から60代まで働く世代は幅広く、年代によってうつ病発症のきっかけは様々です。
20代、30代のうつ病、うつ状態の特徴、40代~60代のうつ病、うつ状態の特徴は違う部分も多いと思われます。(うつ病の性格傾向参照)
呈する症状としては、眠れない、食欲がない、集中力の低下、心配事が頭から離れない、落ち着かない、やる気が出ない、イライラする、自分が悪いのではと自分を責める、死にたい、怒りっぽい、趣味を楽しめない、涙が出る、仕事が倍の時間かかる、文章を読むのもしんどい、仕事に行こうとすると具合が悪くなる、家事や育児ができない、体が重だるいなどがあります。またうつ病の症状が出る前に不眠、頭痛、腹痛、めまいなどの身体症状が前景に出る場合もあります。これらの症状で内科受診しても異常を指摘されず、「気の持ちようだ」とますます無理をしてこじらせてしまい、うつ病に至る方もいます。また身体症状のみで留まってしまう「仮面うつ病」といわれる状態もあります。
うつ病の性格傾向
うつ病になりやすい方は、真面目で几帳面、責任感が強いという特徴があります。自分が頑張ることが人の役に立っている、会社の役に立っているという意識が支えになって充実感をもって仕事をしているわけです。このような方が、環境が変化して、責任が重くなったり、やるべきことが増えたりすると、自分で全て対応したいと思ってもやりきれなくなります。さらに周囲に任せても自身が満足することは少ないので、欲求不満になります。充足感を求めて、ますます一生懸命働いて疲労困憊し、うつ状態になってしまうのです。社会にとっての‘いい性格’が裏目に出てしまうわけですが、そういう方は会社では特に昇進しやすく、‘昇進うつ病’になる可能性も高いわけです。
また最近増えているといわれる若者のうつ病として、「現代型うつ病」「新型うつ」と言われる方の性格の傾向としては、自己中心的、他罰的、回避的であり、几帳面ではなく、律儀でもない、組織への一体化を密かに忌避し、罪責感の表明が少ないといった特徴があります。比較的若年の男性に多いといわれ、うつ病の症状としては制止が目立ち(意欲が湧かない、何もできない等)、身体的な不定愁訴を訴えることもあります。
うつ病の診断
診断においてもっとも重要なのは、問診になります。そのため、患者さんからお話いただき情報をいただくことが大切になります。ただ状態が悪く、緊張してうまく話せないこともあると思います。
当院では受付に「ドクターへのメッセージカード」を設置しています。 医師への伝言カードです。診察場面で聞きたいことがあったけど、忘れてしまった、うまく話せなかったという患者さんは多いと思います。次の診察までにこのカードに日々の生活の中で症状や気になることを書き留めておき、次回受診時に御相談いただければと思います。もちろん初めてお越しの方は、恥ずかしかったり、不安が強く、うまく症状や悩みを話せない方もいらっしゃいます。そういった方もご利用いただけます。
より診断を確実なものにするために心理検査の実施も必要に応じて行います。
また内科疾患が原因となって、うつ症状をきたしている可能性もあります。症状を伺ったうえで、必要に応じて検査(採血、その他)を実施し鑑別を行います。
うつ病の治療
うつ病の治療は、薬物療法と十分な休息が主となります。薬は、一般に抗うつ薬といわれるものです。薬の効果がでるまで早くて2週間、普通ですと4週間から6週間かかります。さらに再発を予防するためには、症状が改善されてからも6ヶ月から1年は服薬を継続して、良好な状態を固定させることが必要です。
薬を服用する際の注意点としては、抗うつ薬を急に中断すると、めまい、ふわふわする感じ、吐き気、頭痛、不安感や焦り、手足のシビレなど(離脱症状)が出現することがあります。また、頻度は低いのですが、抗うつ薬の服用を開始したばかりの時期に不安や焦燥、敵意や衝動性などが高まることがあります(Activation Syndrome)。これらの副作用にも注意した薬物療法を提案しておりますので、不安な方は診察時に教えていただければと思います。
薬物療法の有効性が、それぞれの薬剤で50~60%程度と限界があることから、他の治療法を選択することが必要な場合があります。さらに、長い間、うつ病にかかっていると、それ程症状が重そうに見えなくても、抑うつ的な思考や行動パターンが定着している方も見受けられます。当院ではその方の認知のゆがみなどにも着目し、生活を通じて修正することを目指した集団認知行動療法なども取り入れたグループワークの実施を進めていきます。